5回目のこの日が来て

こんばんは。

5回目の3月11日。

皆様いかがお過ごしですか?

私はいろいろと考えながら今年もこの日を迎えました。

何だろう。5年目。

いろいろな心配事があるせいか、いつものようにじっくりとブログを書くという時間が取れませんでした。

報道を見ても、復興に進んでるその話が前面に来ていたり、

その反面、そうではないことも割と出て来ていたり。

何年か前に体験したダブルスタンダードの大きい版。。。みたいな

何だか混沌としてますね。

でも、今年はなんだろう。去年までは感じなかった振り出し感がすごくある。

この独特の間隔は何だろう?

自分だけが異次元にいるような感覚になる事がある。

非現実?というほうがいいのかな?

非日常のさらに上の感じ。

毎年思っていた、感じていた。傍観する復興ふくしま

なんかそのあり方が異様に見えて仕方がない。

もうすでに別物感があって・・・・不思議。

あれは私の好きだったふくしまなのだろうか?


ノスタルジックな気分に浸るとか

そんな感じにもならない。

とても不思議な感覚だ。

心を無視され過ぎた?そういった気分にもなっている。

表現する言葉を選べない。

何だろうこの感覚。


なんかちょっと戸惑っています。


この日は確かにそれまでの日常から切り離された日なんだけれど

本当に切り離されることがあったのは今日じゃない感覚

元気な福島。

元気に見える福島

元気なんだろう福島

そこに私の福島はない

私の中のふくしまはきっとまだ元気じゃないんだろう。


何だろう押し寄せる 元気にならなきゃダメ な福島・・・感

無理を押し通され、道理の引っ込んだ福島

悔しけど復興の波に消されそうなわたしの福島


まだ5年。

国が県がまともに機能していないなかの福島

危険を考えることを放棄した?福島。


私のしらない福島・・・・。





どんな違和感の中でも日常は進んでいき、

どんな戸惑いの中でも物事は進んでいく。

進むことでしか生きていくことはできないのだけれど、

それでも立ち止まりたくなる衝動は幾度となく私を襲う




だけどそれが許される時間の余裕がない。

先を急げ・・・・・

先をみすえろ・・・。


見えない影が聞こえない声が押し迫る。

誰も経験したことのない、

人類初の長期の低線量被ばく。

それを抱えながら、先細りかけている未来を描けと言う。

なんともはや。。。。。。

絶望の中にあるのは儚い希望。

儚い希望の中にあるのはぬぐいきれない不安。

こんなはずじゃなかったんだよ。




色んなおもいが頭をよぎる。
 
そしてまた翻弄される、、、、。

私は5年たってもまだ笑顔で前向きになれるなんていう気分にはならない。

見えてる笑顔はしんどさ隠し。笑ってないとやってられない。ただそれだけ。

仕方なく前を向くだけ。

そこにはまた選択肢が用意されている。

自分の思うものとは違う選択肢・・・・。

贅沢言うな。。。。。

妥協しろ。。。。。

これ以外に道はない。。。。。。

でなければ切り開け。。。。。。

乱暴に殴り書き、上書きされてしまう私たちの未来図。




そして、またここで流れる、安全です、訓練してます。のCM



そうか。。。

また私たちのような人を生み出すわけだ・・・・・・。

また奪うわけだ、自然豊かな場所を根こそぎ・・・・・。

私たちを見て、なお。。。。。。

そうか。。。。。

形だけでなく。。。。心までも踏みにじられてしまうわけですね。



でもね、一つ言えるのは

私はあなたが同じ立場になった時、

それでもあなたにやさしくしたい。と思ってる。

私が受けたのは痛さや辛さだけじゃないから

みんなの優しさも零れ落ちるほどもらったから。

もらった恩をあなたにも送るよ。



でもね、ならないのが一番。

だからそのための声をちゃんと伝えたい。

まだたったの5年。


私の中での5年。







この震災で命をなくされた方の御霊に届きますように



心よりご冥福をお祈り申し上げます。










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そうなんだよ

3.11が近いからどうしてもそういう関連のブログの更新が多くなってしまうんだけれど

ひとつ前のブログの更新記事の村上市でのおはなしのときの最後の方で書いてあった

友人のブログの許可が下りたのでここに残します。(kの時点ですでに3月11日でした^_^;)

避難者

既にご覧になった方もいらっしゃるかな。私のつたないブログよりははるかに訪問数は多い方です。

こちらに来てから知り合った友人です。

今回の話もわざわざ聞きに来てくれました。

そんでもって新潟水俣病の話を書いてくれてあります。それに絡めての思いも書いてあります。

ただ、「おはなしを聞いた記録」として残すのは申し訳ないほどのお話なんだけれど

何だか、うまく言葉がつづれなくて、友人のブログに助けを求めるという(苦笑)

ありがと~!Mitsuさん。

でねこれと一緒に話を広げようという・・・^_^;

っていうか、これ読んで。言いたいことは大体ここにある(苦笑)

ごめんよ~~。Mitsuさ~ん。

この新潟水俣病の事についてとてもにこやかに話してくださったけれども

でもね。これ水俣病は今年50年で、この方はそんな中一緒に40年戦ってきているのよね。

で、40年目にしてやっと本音が聞けたんですって。

それってすごいことだと思いません。

本音の出せない40年がそこにあったわけですから。

悪いことしてないのに何かに遠慮しながら生活する日々。

そこにあったのは被害者(認定患者)同士の差別。


でもね、よくよく考えるとね、これ、似てません?

似てるでしょ!

私はこの友人たちと事あるごとにこういう区別について。だめだよね。ってよく話をします。

この戦って来られた方はおっしゃいました。

これからがもっと大変になります。保証金賠償金で線引きされ今以上にばらばらにされるから・・・

(もうすでにだと思っていましたが、さらにだそうです)

大事なことは孤立させないこと。

それにはきちんと声を聞いていくこと。しきりにこれからの事の心配をしてくださいました。

それは体験しているからこそ、寄り添い、話を聞いてきたからこその言葉だと思います。

そして、被害者の分断は本当に相手の思うつぼだという事。

ねぇ、最近多くないかい?

誰かが誰かを陥れようとする話。

常に一番大変なのは自分だという話。

賠償金の話なんてほんとにいやっっていうほどの話を聞いた。




外に出るときに差別があったよね。って言う事故当時の話を思い出してさ

その時自分たちなんて言った?

差別しないで。って言ったよね。私たちがなんかした?って

私も言った。

でもね、あの状況を自分たちが今作り出してしまうという危機感は薄れていて

実際その分断の種はたくさん蒔いてしまったように思えていて




でもさぁ。

隣りのお金事情が計算できてしまうシステムで、それだけでなんでも測ろうというシステムにのっかって。

非難・攻撃する相手を間違える。

致命的じゃね?

自分たちがもらってるように言われて唇かんだこと、相手にもしてない?って言うね

一律に横並びで判断されることに反発したよね。ちがうんだよ。って

だって、全く支援を受けられていない人だってごまんといる。

その方たちにしたら私たちだって同じ。

どこまで行っても意識が変わらなければ先には進めない。





相手の思うつぼだよね。


相手はそこじゃない。変なエネルギー使って疲弊したら持ちこたえられないよ。

組み込めるような気持じゃなきゃ共倒れだ。

変にのっからない。

それぞれの苦しみは相手を考え思いやってこそ見えるもので

システムにのっかってるものはその一部でしかない。

そんなことを思ったりしたのでした。











村上でおはなし。

2011.3.11を忘れないために始まった、当事者からおはなしを聞く会 

テーマ「公害の歴史を振り返り、環境と病気との因果関係を見直す」

という場におはなしをする立場として立ちました。

私のテーマは「被曝と健康被害について」でした


当初このおはなしを頂いたときにはテーマがもう少し絞られていたんですが

私はどこまでいっても「母親」としての発言をしたいと考えているのでというかそれしかできないので

自分の立場でおはなしできる範疇を超えていると判断し、少し変更を入れていただきました。


今回の持ち時間は40分。

話をしたいことは山ほどあれど、私の話を時間的に聞けるのはここまでが限度と自分の中でなぜか感じ、

自分から時間を設定させていただきました。

なのでその中に言いたいことをたくさん詰め込みました。

何故避難をしたのか。なぜ帰らないのか。

身の回りにどういう事が起きているか。

何が心配なのか、どんな事が不安なのか。

新潟で事故が起きたらどうなんだろう。という事や

最近の新潟限定のCMの話などをおはなししました。

過去のお話会の中で一番たくさん話題を盛り込みました。


なぜか?


遠方ということもあったのですが、

一期一会ということを最近は良く意識します。

そんな中で、そのタイミングで

知ることが何よりだと痛感している私は

今回、より多くの事を知らせることが大事だと思ったからです。

そして、発信者として常にそのときに起こっていることを合わせて考えながら文章を作ります。

情報は生もの。

同じ話題をいつまでもというのもこの場合出来ません。

特にこの時期はたくさんの関連する情報が発表されましたので

結果当日のぎりぎりまで手直ししました。(苦笑)



でね、何とか話終わりました。

緊張で初めて口がカラカラになるという状況にみまわれました。

いやぁ。なんやかんやで疲れた(笑)

そしてそのあとの方が「繰り返される公害の歴史と因果関係」ということのお話をしてくださいました。

阿賀野川周辺で起こった新潟の水俣病と今回の原発事故の事をからめてのお話でしたが

その話を聞きながら、

被害者の置かれている状況の事や

「こういうところが問題なところで」

「これからはこういうところが大変になる所」

ということをこのことに照らし合わせ想定してのお話。

聞くたびに、あぁ、悲しいほどに合致。。。。

ということは私たちはこれまでの公害からも事故からも学ぶことなく進んできてしまったので

その先、やはり同じ道をたどってしまうんだろうな。という事

しかも、いまだ継続中で

規模はかなりのもので

対象者も沢山で・・・・

終わらないんだな、  まだまだだな。っというか

これからなんだな。ということを

あらためて感じさせられました。


何だかね、、、、



原発


何だかね・・・・・



日本



この講演会では講演台の横で手話通訳の方が付いててくださいました。

情報弱者であったり。 災害弱者であったり、ということに陥りやすい方々にも

キチンと配慮された形で進められていることも一人でも多くの方に。と思っている私にはありがたいことでした。






もっといろんなことを書きたいのですが、、、、

私ではなく友人の話をちょっとこのブログにリンクしたくて・・・・

今、お願い中です。

普段はあまりそういうリンクはしないのですが

一度ぜひ読んでもらいたいと思いました。

いいよ。って言われたら記事にしますね。










テーマ : 日々のつぶやき
ジャンル : 育児

テレビ

この時期になるとメディアの媒体からの取材が増えます。

この時期のメディアの取材は受けた先によって結構いい感じに切り取られてしまうことがあります。

そうしたことを何度か経験するうちにどうしても言いたいことが中途半端になってしまって伝わったりということがあります。

それは悪意があるの?と感じるときもありますし、

どうしても、と言うときもあるようです。

今回私は何件かの媒体の取材を受けました。

それは記事になるものもあれば、全くどこにも出てこないこともあります。

去年受けたものはだいぶだいぶ違う感じになってきたものもあったので今回もちょっと注意していました。

が、一番最近受けたテレビさん。(今日放送のです。)

頑張ってくれたと思います。気も使って何度も確認を入れてくれました。

丁寧な取材だったと思います。

横暴にもならず、要望にも極力沿ってくれましたし、

今まででは一番伝えてくださったのかもしれないと思います。

が、あえてひとつだけ、

住宅の問題のお話の時にね、

手足をもぎ取られる。ってわたし言ったんですけどね。この部分は放送にのったんです。

これはちょっと言葉がカットされていて、

私はこの言葉は「母子避難者は特に、」「小さい子を持つ親は特に」という言葉を先に付けていたの。

ここが実は伝わってほしかったところだったんだけれど、

私の確認不足、説明不足でしたね。インパクトのある言葉だったからつけていただいたら良かったなぁ。とあとから気づき反省。

それだけでも何となく伝わるのは伝わるし、内容を曲げてはいないんだけれど、

母子避難者の家族にとっての住宅の支援がなくなることが一番の痛手だということを伝えたかったんだよね。

うん。でも私は今、母子避難ではないから、私に合わせたらそういう風になるのかなぁ。

あれだと、私たちの事を見て判断した人が、別に普通にやってんじゃん。

むしろいらなくね?ってならないかちょっと心配してたりします。

私たちはむしろその中でも大分普通に近い暮らしをしていますので、

我が家を基準に取られてしまうとちょっとしんどくなる方がいないかな?などということを感じたりしてしまいました。

普通の生活なんて、5年じゃ無理ですもん。

特に二重生活なんて疲弊することはあっても楽できるような状況にはならないもんです。

その部分だけ気になったので補足の意味で更新しました。

でもね、グダグダの我が家からよくもあれほどいいとこ切り取ってくれた(笑)

他のメディアもこうだったらもっと警戒心なく受けられるのにね。



あっ、忘れてたので追記

村上市で行われたおはなし会。当事者の話を聞く会というのなんだけれど

「公害の歴史を振り返り、環境と病気の因果関係を見直す」というテーマのもので

福島の事だけをお話ししたものではなくて、新潟水俣病や村上の風力発電等のお話もありました。

また後程その件については更新しますけれど、

一応添えた方がより良いかということで追記にしておきます

またもお手伝い。そして思うことをつらつらと・・・(長文です)

こんばんは。またわすれたころの更新です。

さっそくですけれど、

来月の終わりにまた講演会のお手伝いをさせていただくことになりました。

前回の講演会が終わったその少しあとの段階で少し考えて話をしていたんだけれど

伸びに伸びて1年半。

やっと実現まで行けるかな?って感じになりました。


近いうちに、ご本人様からも告知が入り始めるんじゃないかと思うんですけれどね

そうなると一気に席が埋まっていくんですけれどね。


正直、今回、シリアスじゃないかなぁ。とか思うんです。内容がね・・・。

お医者さんを招いてのお話ですから。

でもね。大事だけれど聞けなかったこととか

聞きたいけれどどこに聞いても相手にされなかったこととか

検査したいんだけれど 何をどう調べればいいのかとか

私たちは実際に自分たちに降りかかっている火の粉を払うすべすら身に付けていないわけじゃないですか

そういうのをちゃんと言葉として形にしてほしいって思うことないですか?

自分で言葉の先を憶測で判断して導いて…みたいな

なんかね、そういう安定できない情報に戸惑ってる、頼ってる・・・・・みたいな。


勉強すればって言ったって日々雑多なことで忙殺されていくし・・・・。


でもね  だからこそ 難しいけれど為になる。そう思うんです。


今聞いとけば・・・っていうの大事だなぁ。と思うんです。

実際問題どれだけの人がこのことを必要としているんだろう?って思ったりするわけです。

人によって必要なことってこの何年間かで変わっているはずで・・・。

でもね。「絶対聞きたい人がいるはずだ!」ってそういうスタンスでとりくむわけですよ。

前回もそうでしたけれど、私たちは(前回から一緒に動いてる2人は)

どちらも母親だから。しかもカナリア体質の子を持つ親だから

何よりもその体質の変化に戸惑ってきたしこれからも戸惑っていくんだろうなぁって思うのです。

だから自分たちのためにも必要なことだと思うし

自分たちに必要なことは、きっと避難してきた人もそうでない人も同じく必要だと考えたし

残念ながらもっと多くの人に知ってもらわないといけないんだろうなぁ。って思うんです。

周りの言う安全が自分の子に安全か?

そんな単純なことすら迷わせられる今だから、

周りが「もう大丈夫だ」って言い始める中で、自分たちで大丈夫じゃないものをちゃんと判断して、

進んでいける。それだけのもので自分を武装していかないといけない。

そして、子供にその姿勢をちゃんと見せることが大事だと思うんです。

子どもは大人が考える以上に大人な考えで物事を見ていると思うんです。

特にいろいろと体験せざるを得なかった子供たちは。

ちゃんと見てます。そう感じます。

子どもの心で大人な考えをしてる。そんなあっぷあっぷな子はたくさんいると思います。

だからこそどのような形ででもその姿勢を見せないといけないと思うんです。



子どもの成長だけを楽しめるそんな子育てができたらどんなにいいだろうと思うけれど

事故は起こってしまったし、環境は変わってしまった。

そういう現実は私たちが否定したところで変わるわけではないし

見ないふりをしても消えてくれるわけでもない。

ただ、できることを知る。 そこからまた起こる現実に対処していく。


前回の講演会の後でね、不安に胸をつまらせて心配顔で講師の方のところにいくお母さんの姿を見ました。

聞きたいことがたくさんあるお母さんの声も聴きました。

だからね。そういうお母さんたちが一人でも多く来てくれたらいいなぁ。

って言うのが前回も今回も私たちの中にあります。

そこで解決に至る話ばかりとは言えないけれど

気にしていることを口にできる、そんな当たり前のことができる状況になってくれればいいなぁって。

ただね、時間が限られてるのが・・・ね。

そこは仕方ないんだけれど・・・・。

有意義に時を過ごしてもらえるように頑張らないと・・・ですね


なんか一気につらつらと書いてしまいました。

久々でしたね。こういうの。




最後まで読んでいただいてありがとうございました。

詳しいことはツイッターでお知らせ中です。

ここにはあとで載せますね。












プロフィール

リトルガル

Author:リトルガル
関西生まれ(奈良県生まれ、和歌山県育ち♪)、福島県で長年生活していましたが、5年前から新潟県にて生活しています。只今6年目♪
パパ。
ママ。
息子。支援学校高等部3年生になりました^^(小3年生から特別支援学級に在籍して中学卒業まで支援学級に在籍していました。)
娘。小学6年生になりました^^(2ヶ月早産で1640グラムで生まれました)
4人家族です。

特別なことはないけれど、特別じゃないから残したい。
そんな感じ。・・・ですかねぇ・・・。

と思ってブログを始めましたが、3.11の震災を経験し、放射能から逃れるため、H24年の4月から、新潟県の阿賀野市に母子避難しておりました。
そしてH25年、パパさんも新潟県に避難してきました。ようやく家族で新生活です♪

特別なことだらけになりましたが、今度は特別だからやっぱり残さなきゃ!!・・というかんじですか・・・ねぇ。(*^^)v

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このブログ、だいぶいろんな事でごちゃまぜになっていますの 別個にお部屋を追加しました。 もう一度ちゃんと知って起きたいこと。勉強したいこと わかりやすい場所に置いときたいなぁと思いまして。。。。 下のリンクから、飛べます。 まだ作ったばかりなのでこれから増やしていきます。                    2015.8.17 パソコンが壊れてしまったため、少々お待ちください。 タブレットでできるとこまで更新しようと思います。 2015.8.19
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