3月31日。

こんにちはヽ(^0^)ノ

今日は雨風の強い一日になっています。

今日で東北道の通行料金無料措置がなくなります。

ということで、最終日にパパの仕事の帰りを待って夜に新潟県の阿賀野市に避難します。

ただいま荷物をえっちらおっちら3階から運び出しております^^。

ちょうどお昼ご飯を作るのに手を止めたので勢いでここにきました(笑)

さて、もう一踏ん張りします♪

では(o・・o)/

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卒園式

おはようございます。

今日は朝から時折、強い風が吹いています。

さて、3月に入り、いよいよ子供たちの卒園卒業の時期となりました。

息子は今週の金曜日に卒業式です。

娘は少し先の先週の土曜日に卒園式がありました。




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3年間の沢山の出来事が頭をよぎります。

この三年間、良いことも悪いことも沢山ありました。

娘にとって、この三年間はどうだったのでしょう。

この一年は子供にとっては我慢ばかりの一年でしたから、そのことを思うと母としては少々心は痛みますが、

でも、幼稚園では出来るだけのことはやっていただいたと思っています。

その中で少しでも多くの思い出がよい思い出として、心に残ってくれたら嬉しいなと思います。

息子の卒業を待って、新潟へと避難します。娘がこの地に残りたいと少し寂しそうです。

母も寂しいです。きっと父はもっと寂しいです。

でも、放射能被害は待った無しです。仕方ありません。

前を向きましょう。。。。むりやりにでも・・・・。



娘はこの3年間でとてもおしゃべりでとても優しく育ちました。

身長もぐんと伸び、小さく生まれたことなど微塵も感じさせません。

出来ることがふえ、自分の事をするだけでなく、お手伝いもしてくれるようになりました。

感情のヒダがふえ、そして、それを表現するのが上手になりました。

相変わらずマイペースではありますが(笑)


そして、我が家の通算6年間の幼稚園生活も終わりました。

子供の成長のための幼稚園は母の成長の場でもありました。

沢山の出会い沢山の別れ、沢山の気付き。全てが私たち家族の宝物になりました。


これからもつながり続ける仲間もできました。

すべての事に感謝です。

ありがとうございました。


テーマ : 幼稚園
ジャンル : 育児

3月11日。郡山にて。心のままに。

こんばんは。忘れた頃に忘れないようにやってくリトルガルでございます。(といっても自分のブログ笑)

3月に入り、本格的に忙しいです。覚悟はしていましたが、なかなかの忙しさです。

でも、その反面、沢山の人が私のことを心配して、声をかけてくれます。

仲間がたくさんって、いいなぁ、としみじみ思う今日このごろです。

来週はいよいよ娘の幼稚園の卒園式です。早いですね。

そして、その次の週は息子の卒業式。そこまではとにかくこちらの行事に突っ走りたいと思います。


そして、もうまもなく去年と同じ3月11日が来ます。

やっと一年。まだ一年。もう一年。それぞれの物事によっていろんな時間の流れを感じます。

ただ、、、、総じて考えれば、私にとってこの一年は長かった。とにかく長かった。

そして、まだこの道がさらに険しい道となって行くのを感じ、見えない道を進むことのある意味絶望感を感じています。

経験した一つ一つで無駄なことは何もない。と思うけれど、よくも悪くも・・・というところがやはり心に引っかかります。

子供のことを思うとき、この一年の親としての行動を後悔することはないのだろうかと思い悩む日々。

それはこの一年だけでなく、これからもずっと続く。

福島県に住んでいた、住んでいる。というだけで・・・・。

以前からブログを読んでいただいている方はおわかりになると思いますが、

自閉症児を持つ親として、低体重で生まれた子供を持つ親として

沢山の葛藤と沢山の挑戦と、沢山の喜びとそして怒りと。

子育てに置いてとても沢山の事に向き合い続けてきました。

それはしんどい道のりだけれど、そのことは私にとってとても多くの学びと気付きをくれました。

そして、子を持つ親として、沢山の「先へとつながる希望」を見いだせていました。

この一年は殆どそれらのことに触れる気持ちの余裕もなく

ただ、ひたすら子供たちの体を放射能から守る事に時間と労力と金銭面を費やしてきました。

そういったいみではとても残念な一年の過ごし方だったと思います。


あちらこちらで脱原発のデモがあり、再稼動反対に向けての集会があり、ガレキ受け入れに声が上がり、

沢山の人の力が動いています。

でも動かないのがこの国なんですね。トホホです。

運悪く被爆してしまったひとりとして、福島県に住む一人として、沢山の事を考えます。

本当にたくさんの事を考えます。考えずに過ごす日など皆無です。




ここまでは昨日書いていたんですが、手が止まってしまい書けなくなりました。

いろんな想いが頭の中をめぐり、表現する言葉を選べませんでした。


そして今日は3月11日です


人によってそれぞれの想いがある日でしょう。

私たちにとっては、あの災害の中家族が全員無事でいられたありがたい日ですし、

その一方、日常から切り離された日でもあります。

自分の子供たちの命を脅かされる事になった日でもあります。

そして、今現在のすべての始まりの日でもあります。


そして、これからもずっと心穏やかにすごす日は来ないのでしょう。

環境ではなく、体にその変調を感じているのですから。

体はどこに行こうといつも一緒です。当たり前ですが・・・。

どれだけ環境放射能の少ない地域に行ったとしても、体を真っ白にすることはできないのです。

身を切り裂かれる思いです。




周りの人たちからすれば、そのことにたくさんの意見があるでしょう。

なぜ逃げない?なぜ声を上げない?なぜ怒らない?

たくさんの疑問もあるでしょう。

でも、説明したとして仕切れないと思います。

少なくとも私はそのことを的確に説明する言葉を選ぶことができません。

どれもが言い当てているようでどれもが言い当てていません。

その立場に立たないと理解はできないと思います。

(だからといって、そのことを理解しようと思ってくださっている方に強要するつもりは毛頭なく、

どちらかといえば、理解に苦しんでいる方に、この期に及んで再稼動やら必要性やらと申されているお方々に

この立場に立って頂きたいとおもっています。

それは、残念ながら、原発の影響を受けている福島県だから、想定でも仮定でもなく、実際にその影響を受けているのだから

百聞は一見にしかず。ぜひ、この地に足を運んでリスクを感じてほしいと思うのです。

お金に目がくらんでいる人たちならなおのこと、リスクを考えてこれで利益が上がるとか自分が潤う。などと

ましてや地域が活性するなどと安易な浅はかな考えはぜひ払拭してもらいたいものです。

この実情を見てこれからのあり方を想定するなど、小学生にでもできることなのですから・・・。)


私が、同じ災害にあいながら津波にあった方々の思いを、家族をなくされた方の思いをわかりきることができないように・・・・。

テレビなどで瓦礫、瓦礫といっているそのもの一つ一つに失ったものの思い出の断片だと、大切なものだと思っておられる方々のおられることを、同じ被災者でもその状況で思うことがいたらないという現実。


私の親戚も南相馬におりましたが、津波の際は建物の屋根に上りなんとか助かったと聞いています。

故郷の変貌を目の当たりにしたであろう人のその心中を、軽々しく思うことなどできないのです。

ですから、どうかそのことをほんの少しでいいので県民としての私の思いをわかって下さればうれしいです。


声を上げるということの重要性はもちろんわかっています。

でも、この地で声を上げること、表側に立つということはとてもリスクが高いのです。

それはご存知のとおり県が二分されているから。ダブルスタンダードの中で生活しているからです。

いち早く子供たちを県外へとつれていった方を「あいつは真っ先に逃げやがった。」と嘲笑し、蔑む。

「復興だ!」と乗り出す人には「できるわけねーべ。」と悪態をつく。どちらも県民・・・。


そんな中、声を出して表に出るということは、真っ向から矢面に立たされるということになります。

私は主婦です。子供も育てています。

だからこそ、声を上げられないのです。声を上げれば、主人の仕事がなくなるかも知れない。

肩身の狭い思いをするかもしてない。でも、いま、実際すぐにやめることはできない。

いまだ、原発のことで金銭面の保障を一切受けられていない私たちにとって、

収入源を断たれるということは、どれだけ志がたかくても、どれだけ防御したくても

実際問題、子供たちを守るそのすべをなくしてしまうのです。

県外からの野菜の取り寄せにしたって、毎日大量に使うペットボトルの水だって

収入があるからこそ確保できるのです。

年齢的にも再就職など難しいことなど、想定できます。

だって、ほかの地域は普通におそらくここよりは普通に日常が繰り返されているのですから・・・。


デモね、私たちは大きな声を上げないからといって怒っていないわけでもなく、あきらめているわけでもない。

静かに消えることのない怒りをもっています。

そして、怒りを抱えたまま、それ以上にやらなければいけないことが多いのです。

でも、忘れないでください。私たちは・・・少なくとも私は怒りを煮えたぎらせております。

ただ、怒りだけでは子供たちを守れないのです。


大きな声は無理でも、地道に声をかけています。草の根運動みたいです。

(とはいっても、私たちにとって、正直脱原発や反対活動とかそういうものについて力をまわす余力はなく、

子供たちの被爆を少しでも防ぐ対策が急務ですが・・・。

どれだけの安全食材が確保できるか、どれだけの防御の方法があるか、

同士としいろんな思いを共有し、母としてのストレスを発散させ、前を向くかというかんじですが)

私たちにしかできない、話のしかた。つながり方があるのです。

決して、あきらめることなく、私よりもさらに声が出せない人たち、

被爆対策すらやることを拒否られる人たちのなかにも、何とかしたいと思う人たちがいることは

多分私たちしかわからないと思います。

できないことはおねがいするしかなく、でも、私たちにしかできないことは自分たちでやる。

ダブルスタンダードの中で暮らすということはそういうことなんだな。と思う今日この頃です。


声なき声をひろうのは地元の人だと、大きな流れをうねらせてくださるのが皆さんだと

私はおもっています。どちらの力も必要なんだと痛感します。


本当なら、まだもう少し地元にいて、声をかけたいのですが、

検査の結果、残念ながら自分の子供の免疫が低下しているようですので、

この地での生活はこの3月が限界っぽいです。

4月からは隣県の借り上げ住宅に行くことにしています。

でも、一人でも多くの私の友人とつながりつづけ、保養にでもきてもらおうと考えています。

友人だから誘えるというメリットもあるのです。

後ろむきなことばかり考えていると先に進めません。

私たちは福島県の人たちに支えられ、以前の福島県に大いなる自然に大きくしていただいているのです。

県外出身者のわたしですらそう思うのですから、昔からこの地に根付いて暮らしている方々の思いはどれほどのものなのか、

離れている方のおもいがどれほどのものなのか、離れなければならない方の思いがどれほどのものなのか、

考えると心が痛くなります。

どうか、蔑みではなく、哀れみではなく、苛立ちではなく、やさしい心で

時がたつことで癒される傷があるというならば、少しだけ時間をください。

それは、一年がたったから。と区切られる感情ではないのです。

さぁ。一年たったからいつまでもくよくよしないで前を向こうなどというものではないのです。


そして、私にとって行政の復興の動きなんてありえないのです。心を置き去りにした復興なんて・・・。




でも、時に後ろを振り返らないといけません。

必ず3月11日は来るのですから。

そして毎年この日が来るのですが、私たちはずっとこのことにかかわり続けなくてはいけません。

だから、過去のことにすることなく、ともに進んで行って下さるとありがたいです。

原発は魔物です。放射能には立ち向かえません。

どうか、福島の人たち以外の方々も過信することなく、内部被爆の危険から身を守ってください。

少なくとも、わたしたちのように息をすることでも取り込んでしまう環境下でない方も多いと思いますので。






今日は多くの御霊が旅立たれた日です。

その心を思い、すごしたいと思います。


合掌



長い長い文章に 最後までお付き合いくださりありがとうございました。

テーマ : こころのままに
ジャンル : その他

お誕生日

おはようございます。

今日は3月2日です。

今年は閏年なので一昨昨日になりますが、

娘が待ちに待った誕生日を迎えました。ww

6才になりました。

年長さん、最後の幼稚園での誕生会は、ちょうど娘の誕生日の日になりました。

娘にとっては最高のプレゼントだったと思います。



幼稚園の先生にきいても、それはそれは楽しそうに嬉しそうにしていたそうです。

母はこの日はお誕生会のお料理のお手伝いだったの、同じときに幼稚園にはいたのですが、

あまり沢山接する時間は取れませんでした。

幼稚園では内部被爆の事を考えて食材の調達をしてくださっており、それを使って調理しました。

今年度は、行事の度に常にこういうことを意識しながらという形なので、食材を使う多くの行事は中止になりました。

子供たちの歌の発表ありバレエを習っている子供たちのお披露目があり、たのしい時を過ごしました。

私も娘の喜ぶ顔が見れてとても嬉しかったです♪

幼稚園が終わってからは今度はスイミング。

誕生日当日だから休ませようと思っていたのですが、

実は娘の通っているスイミングが今年度でクローズしてしまうことと、

最後のプールサイドに降りての見学&撮影会だったので、最後にちゃんと撮影しといた方がいいかと思い、

行ってきました。

今年は身近なところでの材料の調達に悩んでいたのと、娘が前からアイスケーキを食べたい。といっていので

今回はサーティーワンのアイスケーキにしました。

いやぁ、寒い時期に冷たいケーキ・・・・・(´ε`;)まぁ、喜ぶ顔には変えられません(*≧m≦*)




プレゼントは少し前に前倒しで我が家にやってきたハムスターの「はむりん」

はじめてのペットに挑戦です。

今回は母はあまり干渉せず、パパと娘に任せております。

我が家のこともおぼつかないのに、ペットの世話までは無理無理(笑)

てかその前にちゃんと部屋を片付けろと野次が飛んできそうです。(*≧m≦*)

とかなんとか言いつつ、そのままにして今日もこれから幼稚園♪


今日は年長さんの参観がないので、総会にだけ出席です。ちと余裕(笑)

とりあえず、娘の誕生日くらいは忘れないうちにアップしないと。ということでしたww。




じゃ!!とりあえずそういうことで♪



テーマ : 幼稚園
ジャンル : 育児

プロフィール

リトルガル

Author:リトルガル
関西生まれ(奈良県生まれ、和歌山県育ち♪)、福島県で長年生活していましたが、5年前から新潟県にて生活しています。只今6年目♪
パパ。
ママ。
息子。支援学校高等部3年生になりました^^(小3年生から特別支援学級に在籍して中学卒業まで支援学級に在籍していました。)
娘。小学6年生になりました^^(2ヶ月早産で1640グラムで生まれました)
4人家族です。

特別なことはないけれど、特別じゃないから残したい。
そんな感じ。・・・ですかねぇ・・・。

と思ってブログを始めましたが、3.11の震災を経験し、放射能から逃れるため、H24年の4月から、新潟県の阿賀野市に母子避難しておりました。
そしてH25年、パパさんも新潟県に避難してきました。ようやく家族で新生活です♪

特別なことだらけになりましたが、今度は特別だからやっぱり残さなきゃ!!・・というかんじですか・・・ねぇ。(*^^)v

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このブログ、だいぶいろんな事でごちゃまぜになっていますの 別個にお部屋を追加しました。 もう一度ちゃんと知って起きたいこと。勉強したいこと わかりやすい場所に置いときたいなぁと思いまして。。。。 下のリンクから、飛べます。 まだ作ったばかりなのでこれから増やしていきます。                    2015.8.17 パソコンが壊れてしまったため、少々お待ちください。 タブレットでできるとこまで更新しようと思います。 2015.8.19
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