ちょっとずつ、覚書(3月11日の後)?

続きの記事を書いたのですが、書き上がったと同時に記事消しちゃいました

あまりのショックに・・・・・・。

さぁ、気を取り直して書きますよ。おんなじというわけにはいかないっすけど・・・。シクシク( p_q) 

さて、続きです。

バタバタとした震災当日もなんとかやりすごし、避難所での朝を迎えました。

不謹慎な言い方ですが、どこかまるで他人事だった、映像でしか見たことのない避難所の風景がそこに有りました。

まさか。。、まさか自分たちが経験することになろうとは・・・・。

・・・・というのが正直な感情でした。

穏やかな生活はそのあとから現在まで訪れることはありませんが・・・・。


朝になると、地域の水道が止まっていました。

水道が止まると困ることがたくさん有りました。トイレもそうですし、身支度全般。

炊事と言いたいところですが、避難所ですのでそれはその時は関係なかったですけどね。



ところが・・・避難所ではこの生活用水を地域の消防の方々が川へ水を汲みに行ってくださり、最小限ですが使用できるようにしてくださいました。

そして、トイレは自主的に手の空いている方が掃除をしてくださり・・・。

清潔を保つことができました。

トイレが不衛生ですときっとたちまち病気が増えたでしょうネ。

お年寄りも多かったので、その危険はきっと高かったんだと思いますけど、その心配がなかったのは大変にありがたいものでした。

こうしたことを誰に言われるまでもなく若い方がやる・・・・。ありがたいことです。頭が下がります。

一言では片付けられない暖かい地域性が脈々とながれているんだなぁ、と感じました。(何か変な表現ですが・・・)


食事の方も、職員の方は諸々の用事で忙殺されてますから、避難してきた人たちの中からボランティアでやってくれていました。

食事はその日はオニギリと水をいただくことができました。

このあとの食事も最初のうちは数が足りなかった時もあったらしいのですが、それでも私たちはうん良くいただくことができました。

食事の内容は、主にパンに移りました。

ただ、ただ・・・・。そこは元爆裂 自閉症児(最近は爆裂を卒業した感じですが・・・)

こだわりで食べられないことも幾度か有りました。

そんな中でもたまには息子の食べられるパンが出てくることもあります。

そういう時は、私たちは息子のためにそれを取り置き、別なものを食べました。

そして、息子にはそれを日付が過ぎても、少々固くなっても食べさせました。

食べられるものがあるだけでもめっけもんです。

それでも日に3度の食事がきちんといただけましたのでたすかりました。


でも、最初のころ、一度だけお願いしたことがありました。

息子に食べられるものを!!と思ったので・・・。

頭の片隅にはきっと理解はしてもらえないだろうなぁ。と思ってはいたのですが。。。

配ってくれている方は職員でもなく、まして障害に理解のあるかたでもない。

そして、なにより、善意で大量の物資を大勢の人に配ってくれているのです。

ひとりひとりの要求に答えることなど無理なのです。

予想通りスルーされました。

でも予想通りなのです。自閉症児の親を認識してからの母はとりあえず、ずうずうしく、そして、強く!!なのです。

心は少し折れますが、突っぱねられることにも慣れてます。だから大丈夫!!というか、そうだと分かっていてもとりあえず行動してしまうのです。(´▽`*)アハハ


覚悟が決まるとなんとかなるもんです。

そして、このことを付け加えておかないといけません。

たとえ、そのときすぐにいい方向にいかなくても、少し時間が経てば自然と悩みは軽減されます。

息子食べられるものも少しづつ配給の中に入ってくるようになりましたし、日にちが過ぎれば徐々にお店も開き始めます。

だから最初の時期はなんとか親ができる努力をしてあげてください。

それはちょっとしんどいかもしれないけれど・・・。

でも、そのあと必ず話を聞いてくれる人が出てきます。そこまで踏ん張れたら踏ん張ってください。

ただ、どうしても難しいと思ったらその時は別な対処を考えてください。

自分の心とじっくり相談してください!!

避難所から出たあとは食料の調達や水の調達など、思いの外多くの人が苦労をされていたようです。

避難所には食料だけを取りに来ていらしたご年配の方もおられました。

状況が許すのならそういうことも選択肢のひとつに入れておくといいと思います。

親が倒れては・・・・・です。



どうしても踏ん張れないなと思ったときはちょっと影にかくれて泣いてみましょう♪

日頃から楽天的なわたしですら、いつもと違う状況に子供を心配し、周りの目を気にし、そして、やるせない気持ちといろんな気持ちが混ざりあい、泣きました!!

しんどいときは涙腺大開放です。しんどい気持ちも辛い気持ちもみんな涙にもっていって貰いましょ♪

踏ん張る気持ちの芽が出ます  









このあともたくさん書いたのに・・・・また消しちゃった・・・・・。

なんでかなぁ、、、、、、。使いこなせておりません。新しいPC(T▽T)

今日はもうかくの諦めてこのままアップします。

続きはまた!!




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テーマ : 育児と震災・原発
ジャンル : 育児

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プロフィール

リトルガル

Author:リトルガル
関西生まれ(奈良県生まれ、和歌山県育ち♪)、福島県で長年生活していましたが、5年前から新潟県にて生活しています。只今6年目♪
パパ。
ママ。
息子。支援学校高等部3年生になりました^^(小3年生から特別支援学級に在籍して中学卒業まで支援学級に在籍していました。)
娘。小学6年生になりました^^(2ヶ月早産で1640グラムで生まれました)
4人家族です。

特別なことはないけれど、特別じゃないから残したい。
そんな感じ。・・・ですかねぇ・・・。

と思ってブログを始めましたが、3.11の震災を経験し、放射能から逃れるため、H24年の4月から、新潟県の阿賀野市に母子避難しておりました。
そしてH25年、パパさんも新潟県に避難してきました。ようやく家族で新生活です♪

特別なことだらけになりましたが、今度は特別だからやっぱり残さなきゃ!!・・というかんじですか・・・ねぇ。(*^^)v

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このブログ、だいぶいろんな事でごちゃまぜになっていますの 別個にお部屋を追加しました。 もう一度ちゃんと知って起きたいこと。勉強したいこと わかりやすい場所に置いときたいなぁと思いまして。。。。 下のリンクから、飛べます。 まだ作ったばかりなのでこれから増やしていきます。                    2015.8.17 パソコンが壊れてしまったため、少々お待ちください。 タブレットでできるとこまで更新しようと思います。 2015.8.19
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